浜松で育まれたものづくりの原点の一つ写真フィルム

浜松のものづくり魂を世に知らしめた

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その仕事を通じて知り合った東京に住むフィルム研究者への資金援助を決意し、援助の甲斐あって試作品が完成したのち研究者を東京から呼んで工場での本格生産を開始しました。
ところが気候や水質の違いもあって東京では成功したフィルム製造が浅田町の工場では当初思うように製造出来ず、量産に至るまでに機械などの設備を改良したり製造方法を見直すなどの試行錯誤の日々を送り、その苦労の末にようやく量産の目途がつきます。
国産フィルムという点にこだわった社長はせっかくつくり上げた製品の品質を守るために国産の特殊包装紙の製造を任せられる製紙会社を尋ね歩いて、何度も断られながらも専用のフィルム包装紙をも生み出すことに繋げました。
その後は映画撮影用のフィルムやエックス線フィルムなども次々に国産の製品として世に送り出し、浜松ものづくり魂を世に知らしめる一翼を担い、現在の産業都市としての繁栄の礎をも築き上げることになりました。
優れた写真フィルムを生み出した会社として名を馳せたものの、フィルム製造に心血を注いだあまり本業の氷砂糖の会社が上手く行かなくなってしまった社長は事実上の経営権を手放すことになってしまい、他の会社もフィルム製造に乗り出したことで業界の活性化は始まったものの、メーカー同士が競合する時代にも入って行きました。

日本で最初に国産の写真フィルムがつくられた : 浜松のものづくり魂を世に知らしめた : ものづくり都市の誇りが感じられる逸話の一つ