浜松で育まれたものづくりの原点の一つ写真フィルム

ものづくり都市の誇りが感じられる逸話の一つ

日本で最初に国産の写真フィルムがつくられた : 浜松のものづくり魂を世に知らしめた : ものづくり都市の誇りが感じられる逸話の一つ

やがて戦争の気配が濃厚となる中フィルムづくりのパイオニアの一人となった社長は亡くなり、会社のほうは戦後の企業整備によって解散の憂き目を見ることとなってしまいます。
とは言え財産をつぎ込んでまで国産フィルム製造に情熱を燃やし苦労の末に夢を実現させた社長や、寝る間も惜しんで完成への試行錯誤を続けた研究者の心意気は今も浜松で働く多くの人々の中に確かに宿っていると言えます。
初の国産写真フィルムには日本の象徴とされる花の一つ菊の名が冠され、その後ほかの会社によってつくられたフィルムにも桜や富士といった日本ならではの名称がつけられました。
太平洋戦争の激化と共に静岡にあった多くの工場も戦争のための武器などの製造が中心になりましたが、戦中戦後の苦難を経てようやく人々が娯楽にも目を向けるようになって家族の写真を撮るためのフィルムが再び盛んにつくられるようになり、復興期に娯楽の中心になった映画のためのフィルムもいっそう性能を上げて、ついにカラー映画のフィルムが誕生します。
映画に携わる多くの人が夢に見た日本初のカラー劇場映画を製作した監督が浜松出身ということも運命的で、ものづくり都市の誇りが感じられる逸話の一つになっています。

空から日本を見てみよう+ 浜松市編
見ごたえありました!
浜松は、ものづくりの歴史が凄い!
そして人づくりの街でもあるのです!!
【結論】市街地に美味しいパンケーキ屋さんがあったなんて知らなかったデース←

— ジャ乱Q (アローラのすがた) (@giants_ma) 2018年3月23日

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